大阪府高等学校生物教育研究会  00/09/15
50周年記念研修旅行

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ボルネオ研修旅行の観察記録

  

府立長吉高校 左木山祝一

はじめに 人類の存続にとって地球環境の保全が大切であるとの声があちこちで聞かれるようになり、とりわけ熱帯雨林に対する関心が高くなっている。このようなおり、大阪府高等学校生物教育研究会の創立50周年記念事業として、ボルネオへの研修旅行が計画された。 本研究会では、10年前にも創立40周年記念事業として、スマトラに旅行している。この時は海抜1000m前後の山地を中心とした旅行であり、適度に涼しく、従って人が集まり開発された場所であり、人々の生活と自然との関わりを主に見てきた。今回は開発されていない熱帯雨林の観察が主な目的である。 熱帯雨林は、中南米にもアフリカにも存在する。これらの熱帯雨林では雨季と乾季がある。ところが、マレー半島からスマトラ、ボルネオにかけての熱帯雨林では、はっきりとした乾期が存在しない。この原因は、地形的に西太平洋にたまった温かい海水からチベット高原に吹き込む風にあるが、ともかく、世界的に見ても特異な地域であり、そのために最もすばらしい熱帯雨林が存在する地域である(井上,1998a)。 地球の歴史からしても、中南米やアフリカの熱帯雨林では、最新の氷河期に乾燥のストレスが入り、森林は 縞状に分布している。ところが、東南アジアでは、ヒマラヤ山脈が冷たい空気の南下をブロックしたと考えられ、氷河期でも乾燥しなかったようである。そのため、東南アジアの熱帯雨林は、“過去一億年の歴史の宝庫”となり(井上,1998b)、多様な種が複雑な生態系を形成している地域となった。 主な観察地は、キナバル国立公園、ランビル国立公園およびグルンムル国立公園である。ここで言う国立公園は、自然環境保全のために指定された場所である。ここでは細かい行程はさておき、自然環境の中で私の印象に残ったことや関心を持ったことについて、以下にまとめることにする。

  1. キナバル国立公園 キナバル山の植生は、下部から順に、下部山地林、上部山地林、超塩基性岩林、岩砕植生、岩盤植生に分類されるが(佐藤卓,1991)、我々は下部山地林に属するトレッキングコースを観察した。林冠の高さは20mあまり、ブナ科も多く、我々が入ったコースの入り口にも、Lithocarpusがまだ成長していないドングリをつけていた。サルスベリのような樹皮のTristania(フトモモ科)も目を引いた。ノボタン科の幼木が種類も多く、着生のランも多く観察できた。ラタン(籐の材料にするツル性のヤシ)をはじめとする様々なヤシやツル性のタケ等もあった。しかし何の仲間かも分からない植物も多かった。 近くに作られているでラン園は、自然植生を生かしながらも手を加え、ランをはじめとする様々な野生植物が育てられている。時期的にランの花は少なかったが、ノボタン科は花も実も多く、幹生果をつけている種類もあった。キノコのアカイカタケも観察することができた。
  2. ランビル国立公園 ランビル国立公園は標高60mほどの低地熱帯雨林である。樹高が70mを越える突出木が普通に見られる林というのは、世界的にも少なく、京大等が中心になって調査区画を設け、継続調査を続けている場所である。樹高70mがいかに高いものであるのかは、例えば奈良の春日山原生林(ここも長年の信仰に守られたすばらしい原生林である)の最大樹高は、尾根筋で20m、谷でも30m(吉良,1983)であることからも分かるであろう。 日本の継続観察地に入るとすぐ、一面の野生のバナナが目についた。聞けば'98年夏のエルニーニョの影響で乾燥が進み、あちこちで山火事が発生したが、その火がここにも移ったそうである。最初乾燥していた落ち葉が燃え、落ち葉の無くなった土が乾燥し、根が弱って木が葉を落とし、その落葉にまた火がつくと言った教科書通りのことが繰り返され、その後急にバナナが出現したそうである。 しばらく進むと、クワ科の絞め殺し植物、盤根の発達、様々な着生植物等、このあたりの熱帯林本来の特長が現れる。M先生はベニボタルを見つけられていた。日本で見るベニボタルの仲間は、ホタルを光らなくして少し赤みを加えた感じであるが、ここで 見たものは幼形成熟をする雌で、ホタルの幼虫を巨大にしたような形態をしており、5cmを越えていた。 林冠調査の目的で作られたツリータワーに登らせていただく。約70mのリュウノウジュ(Dryobalanops aromatica:フタバガキ科)の周囲に、腐りにくいボルネオテツボクで階段を組んである。樹は根元からほとんど太さを変えずに真っ直ぐに伸びている。これが突出木の特徴である。あちこちに研究用のトラップが置かれてある。ハチの巣箱にはハリナシバチが出入りしていた。 熱帯域では東南アジア島嶼部にのみ、約5年間隔で一斉開花が起こり、その他の期間はあまり花が無い。ここランビルの森の'96年3月末から7月末の一斉開花時には、花粉媒介に関することをはじめとして、様々な新発見がなされた(井上,1998a1998b)が、それらの研究はこのツリータワーとそこから横に伸びるウォークウエイを利用して行われたものである。 ツリータワー上35mの高さからの眺めは興味惹かれるものであった。日本の極相林であれば林冠の高さがそろうのであるが、ここでは多くの種類の微妙に色の違う緑が高低の変化をつけて延々と続く。薄緑色の葉をつけている大木は、マメ科のKoonpasiaで、オオミツバチが最もよく巣をかける木であるらしい。 近くにマレーシアが、滝に至る渓流沿いの観察コースを作ってある。道幅も広く、蝶も飛び交っていた。被子植物のような葉を持つ裸子植物のグネツム、公園の エンブレムにもなっている整った葉形のウチワヤシの仲間(Licuala sp.)、アリに新葉を守ってもらっているオオバギ(トウダイグサ科)、片側にのみ螺旋形に葉をつけて美しい花を咲かせているフクジンソウ(ショウガ科)、葉型が2型を示し、一見シダの小葉類を思わせるヒメシカノキ(ヒルギ科)、面白い形の分解者であるアラゲウスベニコップタケ等、興味ある植物を次々と観察することができた。
  3. グルンムル国立公園 ムルには広大な石灰岩台地があり、ヨーロッパの探検家によって巨大ないくつもの鍾乳洞が発見され、トレッキングブームに乗って訪れる人が多くなり、飛行場や我々が宿泊したホテルが作られた。 国立公園のすぐ近くにあるホテルは広い敷地に元から生えていた樹木をうまく取り込んであり、植栽された花の吸蜜に訪れたキシタアゲハやトリバネチョウ等をはじめ、多くの昆虫を観察できた。ツパイやキノボリトカゲが走り回り、マグピーロビン(Copsychus saularis)はあちこちでピーツーヒヨとさえずっていた。 国立公園内は、森林は良好な状態で保たれており、今後も多くの新種が発見されるであろうと予想されている場所である。国立公園入り口からディアケーブに向かう道は、湿地林に木道が整備されており、めぼしい木には学名の書いたプレートがつけられている。気根の下をくぐり、盤根の発達した様々な種類の巨木の間を縫って進む道の両側には、多様な植物が次から次へと出現した。熱帯林では新芽の赤い種類が多いが、これは害虫対策として鉄を多く含んでいるためだそうである。ラタンの一種のアリノスフクロトウは、触れると中に棲むアリが威嚇音を出した。 洞窟内ではコウモリの糞を食べるゴキブリ、ミミズのような柔らかい体で発光するヤスデの仲間、コウモリの体に付くハサミムシの仲間等を観察することができた。また夕刻には、多数のコウモリが集団で採餌に向かう様子を観察することができた。 洞窟やコウモリの観察を終わって、暗くなった道を戻る。ギギギ・・・とヒグラシのような節で鳴く声、クワックワッと大きな高い声で鳴くのはカエルの仲間であろうか。キーキッキーとブレーキをかけるような声や、キョッキョ ッ・・・と、夜の林の中は、昼間よりもよほど騒がしかった。 別の洞窟であるクリアウォーターケーブ内では、光に向かって成長する石があった。光の方向に集まるバクテリアか何かの作用で石灰分の沈着が促進されるようだが、よく分かっていないらしい。この洞窟の周辺では、石灰岩にしか生えないMonophyllaea属(イワタバコ科)の2種も確認する事ができた。また、コウガイビルの仲間を見つられた先生がいて、2種見せてもらったが、2種ともカラフルである。落葉の下に潜り込む動物までが熱帯に来るとこのようにカラフルになることに興味を持った。

【参考文献】

ボルネオで確認された生物のリスト

区分 写真  生 物 名  学 名  メ モ 確認場所
 ○ アカシア     コタキナバル−キナバルの道端
    Lithocarpus まだ成長していないドングリ キナバル
    Tristania サルスベリのような樹皮のフトモモ科 キナバル
  ノボタン科の幼木     キナバル
  ラタン   籐の材料にするツル性のヤシ キナバル
 ○ ノボタン科(各種)     キナバル(ラン園)
 ○ ヤナギイチゴの仲間     キナバル(ラン園)
  ナギモドキ     キナバル(ラン園)
 ○   Dillenia   ランビル
 ○ リュウノウジュ Dryobalanops aromatica フタバガキ科 ランビル
 ○   Koompasia マメ科 ランビル
 ○   Ficus   ランビル
 ○ パパイア   雌花 ランビル
 ○ グネツム   被子植物のような葉を持つ裸子植物 ランビル
 ○ オオバギの仲間   トウダイグサ科 アリに新葉を守ってもらう ランビル
 ○ ヒメシカノキ Anisophyllea distica ヒルギ科:葉形が2型で、シダの小葉類のよう ランビル
 ○ アリノスフクロトウ   触れると中に棲むアリが威嚇音を出す ムル国立公園
 ○ ヒマワリヒヨドリ Eupatorium   コタキナバル−キナバルの道端
 ○ アゲラタム     コタキナバル−キナバルの道端
 ○ オオオジギソウ Mimosa invisa ブラジル原産 コタキナバル−キナバルの道端
  オジギソウ     コタキナバル−キナバルの道端
  ブタナ     コタキナバル−キナバルの道端
 ○ ナガボソウ Stachytarpheta   コタキナバル−キナバルの道端
 ○ チリメンナガボソウ Stachytarpheta   コタキナバル−キナバルの道端
 ○ ムラサキチョウマメモドキ Centrosema pubescens ゴム園のカバーブロックとして導入された コタキナバル−キナバルの道端
 ○ ノボタン Melastoma candidum   コタキナバル−キナバルの道端
 ○ イガニガクサの仲間     コタキナバル−キナバルの道端
 ○ グンバイヒルガオ Ipomea pes-caprae   コタキナバル−キナバルの道端
 ○   Mussaenda コンロンカと同種? キナバル
  着生のラン(多種)     キナバル
  ツル性のタケ     キナバル
 ○ カクチョウラン   鶴頂欄 キナバル(ラン園)
 ○   Inpatiens platypetala   キナバル(ラン園)
 ○ キキョウラン Dianella ensifolia   キナバル(ラン園)
 ○     T字型のツル ランビル
 ○ フクジンソウ Costus speciosus 片側に螺旋形に葉 ランビル
 ○ クサトケイソウ Passiflora foetia   ムル
 ○     黒い毛の種子のヒルガオ科 ムル
 ○   Monophyllaea glauca イワタバコ科、石灰岩にしか付かない ムル国立公園
 ○   Monophyllaea pendura   ムル国立公園
 ○ ヒメハギの仲間     ムル国立公園
 ○ ネナシカズラ     ミリ
シダ  ○ ヤブレガサウラボシ Dipteris conjugata   キナバル
シダ  ○   Dicranopteris コシダの仲間 キナバル
シダ  ○ キリガタシダの仲間     キナバル(ラン園)
シダ  ○ カニクサの仲間 Lygodium   コタキナバル−キナバルの道端
シダ  ○   Drynaria quercifolia   ランビル
シダ  ○   Dipteris   ランビル
シダ  ○ オオヘツカシダ     ムル国立公園
キノコ  ○ ネッタイヌメリタケ     キナバル
キノコ  ○ アカイカタケ Aseroe rubra   キナバル(ラン園)
キノコ  ○ アラゲウスベニコップタケ Cookeina tricholoma   ランビル
キノコ  ○ チャウロコタケの仲間     ランビル
キノコ  ○ マゴクジャクの仲間     ランビル
キノコ  ○ フクロツルタケの仲間     ランビル
木(栽)  ○ プルメリア     コタキナバルのホテル
木(栽)   バウヒニア     コタキナバルのホテル
木(栽)  ○ ヒメノカリス     コタキナバルのホテル
木(栽)  ○ キバナキョウチクトウ     コタキナバルのホテル
木(栽)  ○   Ixora サンタンカの仲間 コタキナバルのホテル
木(栽)  ○ ヒメショウジョウヤシ Cyrtostachys lakka   ムル(ホテル内)
木(栽)  ○ ミフクラギ   漂着種子 ミリ
木(栽)  ○   Yatropha integerrima 雄花 ミリ(ホテル)
木(栽)  ○ オオコチョウ Pionciana pulcherrima ミリ(ホテル)
木(栽)   オオサルスベリ     ミリ
木(栽)  ○ ゴールデンシャワー Cassia fistula   ミリ
草(栽)  ○ ハナチョウジ Russelia equisetiforrmis   ミリ(ホテル)
草(栽)  ○   Pseuderanthemum reticulatum   ミリ
昆虫  ○   Rhinagrion borneense 世界で最も美しいと言われているトンボ ランビル
昆虫   アンフリサスキシタアゲハ Troides amphrysus   ムル(ホテル内)
昆虫   アカエリトリバネチョウ     ムル(ホテル内)
昆虫   ナガサキアゲハ     ムル(ホテル内)
昆虫  ○ ビワハゴロモの仲間     ムル(ホテル内)
昆虫  ○   Euphoea   ムル
昆虫  ○ ナナフシの仲間     ムル国立公園
昆虫  ○ アナピタコジャノメ Mycalesis anapita 普通種だが局地的な分布 ムル国立公園
昆虫  ○ チャイロタテハ Vindula erota   ムル国立公園
昆虫  ○     トゲのあるヒシバッタ ムル国立公園
昆虫  ○ パルダリスオオイナズマ Lexias pardalis タテハチョウ科 ムル国立公園
  カバイロハッカ Acridotheres tristis Common Myna:本来草原の鳥、街にも適応 シンガポール空港
    Lonchura maracca Chesnut Monia ミリ
 ○ サイチョウ Anthracoceros   ムル(ホテル内)
    Copsychus saularis Magpie Robbin 鳴き声:ピーツーヒヨ ムル(ホテル内)
  ミツスイ Dicaeum trigonostigma Orange-Bellied Flowerpecker ミリ(ホテル)
ホ乳   ツパイ     ムル(ホテル内)
ハ虫  ○ キノボリトカゲ     ムル(ホテル内)
ハ虫  ○ ヤモリの仲間  ○   ムル(ホテル内)
節足  ○ コメツキガニの一種     ミリ
軟体  ○     とがったカタツムリ ムル(ホテル内)
扁形  ○ コウガイビルの仲間   2種ともカラフル ムル国立公園

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