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京都大学芦生研究林での見学会・ フィールドシンポジウムの報告

日本各地で鹿の密度が増加し、食害や踏みつけによって、希少植物の激減、下層植物の消失と土壌流失、生物相の変化と多様性の減少などの大きな問題が発生しています。「植物ヲ學ブモノハ一度ハ京大ノ芦生演習林ヲ見ルベシ」(中井、11941)と言われ、大変に豊かで多様な温帯林生態系が成立していた京大芦生研究林も、今まさにこの問題に直面しています。今回の現地見学会とフィールドシンポジウムは、京都府南丹市美山町芦生に広がるこの研究林で行われました。集水域単位の大規模な防鹿柵を設置するなどの意欲的な研究と取り組みを見学し、その後、それを主導しておられるお二方のご講演を伺うことができ、大変に充実した催しとなりました。
 7月16日(日)午前8時、ご後援いただいた大阪産業大学のマイクロバス等で、京都駅前を総勢25名で出発。午前10時過ぎに芦生研究林須後事務所に到着し、早速、この研究林の多様性回復プロジェクト(芦生生物相保全プロジェクト:ABC (Ashiu Biological Conservation) Project)を主導しておられる高柳 敦先生(京都大学大学院農学研究科)のご案内で、芦生天然林の核心部である上谷探索の起点となる長治谷へ向かいました。道の両側の林床や急傾斜の斜面には鹿の不嗜好植物がまばらに生えているだけで、下層植生はほとんどなく、土壌がほぼむき出しの状態。鹿の食害が広範囲に及んでいることをいきなり痛感させられました。
 長治谷に着いた後、由良川源流の1つの集水域(13ha)を丸ごと防護柵で囲っているというU谷に、歩いて向かいます。その道中には、網の目合いや素材・設置時期などが異なる様々な防鹿柵が試験的に設置されており、それぞれの効果や問題点などを説明していただきました。そして、U谷の防鹿柵の最下流部に到着。目に飛び込んできたのは青々と茂る下層植生を持った畦畔林でした。防鹿柵の中に入らせていただき、2006年に設置してわずか2-3年で植生が劇的に回復したこと、土壌の流失が止まり渓流の水生昆虫相も大きく変化したことなどの説明を受けました。
 長治谷に戻り、3種類に調理された鹿肉の弁当で昼食。その後、須後事務所の講義室で「芦生天然林の再生を如何に進めるか」と題したフィールドシンポジウムが行われました。まず、高柳先生による「シカのいる生態系を保全するには何が必要か」、阪口翔太先生(京都大学大学院人間・環境学研究科)による「シカ排除試験で見えたシカが植生に及ぼす影響」という2題の講演が行われ、鹿密度と個体群管理の過去・現在、鹿の利用強度の違いによる植生への影響、集水域防護による生態系保全のあり方、集水域防鹿柵設置後の植生変化に関する詳細な調査結果などの話題を、多くの実証的データを基にして説明していただきました。KONC運営委員の前迫ゆり先生(大阪産業大学大学院人間環境学研究科)の司会による質疑応答では、鹿の排除に伴う問題点の有無や芦生での生態系保全の目標などについて議論が交わされました。芦生研究林関係者の方々も含めて、総勢29名の参加者でした。
 今回の催しを通して、鹿による食害が深刻であること、鹿密度の低減が西日本の森林生態系の保全には極めて重要であることを実感できました。ABCプロジェクトのさらなる進展を期待せずにはいられません。
 最後になりましたが、芦生研究林をご案内いただき、貴重な研究・取り組みの成果をお話しいただいた高柳先生と阪口先生に厚く御礼申し上げます。また、この企画の立案、準備、実施を一手にお引き受けいただいた前迫先生とスタッフの皆様、共催となって補助金を支給していただいた日本生態学会近畿地区会とご後援いただいた大阪産業大学の関係者の皆様に、心より感謝いたします。 
      (報告:岩崎敬二)