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2023年度 研究助成事業 採択決定

2023年度第1回運営委員会で2023年度研究助成事業の審査が行われました。応募総数9件の申請について審査を行い、以下の5件に研究助成することが決まりました。いずれも現代的課題の解明に向けた重要な課題であり、研究終了後、「地域自然史と保全」に研究成果が公表されることを期待しています。

1)研究題目:「森林生態系の物質循環に対する樹幹着生性地衣類の寄与:森林構造の変化に伴う地衣類の存在量およびリターフォールの変化」
  申請者:杉本 廉(神戸大学大学院農学研究科)他
  助成金額:50,000円
  講評:樹幹着生地衣類については種数あるいは群落構成に関する研究は積み重ねられてきたが、動態についてはよく把握されていない。剥落した地衣は生きているが、やがて衰退して消えていく。その量的な把握を主眼とした本研究は興味深い。ぜひ、余力があれば単なる量的な把握の他に以下の観点を加えることを望む。 〇剥落した地衣はイノキュラムとして機能しているのか(子器の形成をし、胞子や分生子を放出しているか)。 〇藻類の脱落は分解に先行するのか。 〇菌体はどの程度長期に生残しているのか。 〇分解菌はなにか。 下にいくほど難度が高いかもしれないが、自然史的な記録も状況を解明するために重要かと思い、記録をお願いしたい。

2)研究題目:「イノシシの掘り起こしが草地の埋土種子に与える効果」
  申請者:梅田 悠起(近畿大学大学院農学研究科)他
  助成金額:50,000円
  講評: 本研究は草地におけるイノシシの掘り起こしが埋土種子に与える影響を評価し、イノシシのエコシステムエンジニアとしての役割を明らかにすることによって、イノシシの生物多様性への関与に関する基盤データ構築を目的としている。応募者らが述べているように、草原の多様性は、イノシシの掘り返しとともに、ニホンジカの採食影響とも関係している。そのため、埋土種子のまきだし実験のデータだけでなく、現地におけるニホンジカの採食影響とイノシシの掘り返しの関係についても、あわせて評価することを望みたい。イノシシ-ニホンジカ-草地植生の多様性を明らかにし、本誌に論文投稿いただくことを期待する。

3)研究題目:「慶野松原のナミキソウ個体群の現状と保全管理手法の提案」
  申請者:谷口 みなみ(兵庫県立大学大学院緑環境景観マネジメント研究科)他
  助成金額:100,000円
  講評:淡路島の慶野松原のナミキソウ個体群は、瀬戸内地域に残された数少ない個体群であり、適切な保全が求められています。本申請は、標本データと現地調査によってナミキソウの生育環境と繁殖生態を調べ、本種の絶滅要因を明らかにすることを目指しています。本研究によって、ナミキソウの保全に不可欠な生態的知見が蓄積され、科学的データに基づいた保全管理手法の検討が期待できます。慶野松原では、ナミキソウを含む海岸植生を保全するために、地域住民も参加して様々な取り組みが行われています。本研究の結果から具体的な保全管理手法を提言いただき、貴重な個体群の保全に貢献されることを期待いたします。

4)研究題目:「生石高原の火入れ草原における希少植物の多様性維持機構の解明」
  申請者:朝田 愛理(神戸大学大学院 人間発達環境学研究科)他
  助成金額:91,280円
  講評:シカの採食影響が少なく、火入れで多様性を維持している草原の多様性維持機構の解明は、興味深いテーマです。シカの採食影響がゼロではないようですので、その影響も評価しながら、土壌条件と種多様性の関係性が解析できればよりよいものになると考えます。草原の多様性を維持・管理するうえで火入れが土壌条件をどのように変化させ、草原の種多様性の維持に貢献するのか、逆に、火入れを行った場合にも、種多様性が維持できないのはどのような要因が働いているのか、についても明らかにしていただくことを期待します。

5)研究題目:「ヨシに覆われた放棄ため池の刈り取り管理は水生生物群集の種多様性を回復させるか?」
  申請者:鈴木 真裕(大阪公立大学大学院農学研究科)
  助成金額:97,300円
  講評:里地・里山での田畑の耕作放棄による山林の管理の途絶が、陸域の自然とそこに棲む生物相を大きく変化させたことは多くの研究で明らかにされている。しかし、水域、例えば、管理放棄されたため池とそこから流出する灌漑用水路に成育する水生植物への影響を調べた研究は少なく、水生動物への影響に関する研究例は皆無であるはずである。この申請者は、管理放棄されたため池の水生動物を対象として、管理が継続されているため池と比較し、さらに、管理放棄されたため池で面積を拡大させたヨシ群落を刈り取るという操作も行って、実験的にも管理の放棄/継続の影響を検証しようと企図している。その研究対象と目的の希少さと貴重さ、方法の的確さは大いに評価されるものであり、今後の里山管理のあり方に大きな影響を及ぼす可能性のある、明瞭な成果が得られるものと期待される。