シンポジウムのお知らせ

「花の百名山伊吹山草原の多様性回復をめざして-研究者、市民、行政との連携-」

日時:2026年2月14日(土) 13:05~17:00
会場:滋賀県立琵琶湖博物館 ホール

【プログラム】

・開会の挨拶・趣旨説明         (前迫ゆり・関西自然保護機構会長)
・「伊吹山頂草原植物群落の変化ー遷移とシカの影響」(野間直彦・滋賀県立大学)                                 
・「伊吹山の植物の魅力 -花畑・薬草・信長の薬草園伝説?-」 (大槻達郎・滋賀県立琵琶湖博物館)                 
・「伊吹山中腹および山頂部植生の保全-市民の保全活動を通して」 (高橋滝治郎・ユウスゲと貴重植物を守り育てる会)      
・「植生衰退による土壌侵食について」          (石川芳治・東京農工大学)
・「伊吹山保全対策滋賀県・米原市合同プロジェクトチームの取組」 (滋賀県自然環境保全課)                                
・「伊吹山山頂部の植生変化に伴う陸産貝類の減少」 (金尾滋史・滋賀県立琵琶湖博物館)                         
・「山頂植生へのシカの影響を如何に止めるか」 (高柳敦・元京都大学)
・パネルディスカッション         (進行:前迫ゆり)
・閉会の挨拶               (亀田佳代子・滋賀県立琵琶湖博物館長)

主催:KONC(関西自然保護機構)

共催:滋賀県琵琶湖博物館

後援:公益財団法人自然保護助成基金

【講演要旨】

https://www.omnh.net/konc/wp-content/uploads/2025/12/○伊吹山シンポ20260214要旨rev-1.pdf

◆企画趣旨 (前迫ゆり  関西自然保護機構会長)

滋賀県と岐阜県境に位置する伊吹山(1377m)は花の百名山として知られる。しかしシカの採食影響が顕著で,山頂のお花畑(天然記念物)の多様性劣化および南側斜面の裸地化が進行し,2023年には登山道,2024年には山麓の集落で土砂災害が発生した。滋賀県および米原市は植生回復対策を遂行中であり,地元のみなさんによる保全活動も行われている。これまでさまざまな視点で研究がなされてきたが,シカの採食影響-植物の多様性劣化―動物群集への影響―土壌浸食の関係を統合的に調査・解析するために,プロ・ナツゥーラ・ファンドの研究助成を受けて,2025年9月より伊吹山研究プロジェクトを立ち上げている(代表:前迫)。本シンポジウムでは,地域の保全活動,行政のとりくみ,これまでに調査研究された伊吹山の植生変化,薬草の歴史,陸産貝類,シカの動向および土壌浸食のメカニズムなど,多様な視点からご講演いただく。草地植生の多様性再生のプロセスと保全への視座を共有し,山地草原の多様性保全に寄与することをめざしたい。

◆伊吹山頂草原植物群落の変化ー遷移とシカの影響   (野間直彦・滋賀県立大学) 

伊吹山頂草原植物群落は、かつて牛のために大規模な草刈りが行われ「お花畑」と呼ばれる状態が維持されていた。それが止んだ1960年代からは遷移が進み、草本の目立つ花が少ない群落が多くなった。それを戻すために、部分的に低木や強い草本を減らす管理が行われてきた。シカの食害が目立ち始めた2015年には周囲の延長1100mの、高柳式の柵で囲いシカを排除した広い区画が作られ、翌年にはアカソとフジテンニンソウの引抜・刈取などの実験も行われた。実験にあわせ柵内外で植生調査したところ、出現種数は3m四方の調査枠に30~50種、全体で80種以上であった。2025年に、アカソが優占していた区画の調査枠で再度調査した。柵の外では種組成が大きく変化し、シカが好まないマルバダケブキが優占する群落になっていた。柵内の調査区の種組成には大きな変化はなかった。17haの柵の内側(天然記念物80haの約2割)は、10年前の群落が残されたといえる。

◆伊吹山の植物の魅力-花畑・薬草・信長の薬草園伝説?  (大槻 達郎  滋賀県立琵琶湖博物館)

伊吹山は花の山として知られ、約1,300種の植物が自生する。また、伊吹を冠する固有種が多く、お花畑の高山植物群落は登山者を楽しませてきた。この地域は気候の特性上、北方系要素の植物、日本海要素の植物が見られる。加えて好石灰岩植物も自生しており、まさに植物の宝庫と言える。伊吹山周辺には古来より薬草が多く、延喜式の中にも伊吹山の周辺の国では薬草が豊富であったことが記されている。薬草に関しては、織田信長がポルトガルの宣教師の願いを聞き入れ、伊吹山に薬草園を作ったという伝承がある。特に伊吹山に自生するイブキノエンドウはヨーロッパ原産の帰化植物であり、「信長の薬草園伝説」を裏付ける植物とされていた。そこで、我々の研究グループは、日本産とヨーロッパ産のイブキノエンドウについて系統解析したところ、両者の系統は異なることが判明した。したがって、本種は日本の在来種であり、薬草園伝説を裏付ける植物ではないと結論づけた。

◆伊吹山の植物の魅力 -花畑・薬草・信長の薬草園伝説?- (高橋滝治郎 ユウスゲと貴重植物を守り育てる会)

伊吹山頂と並び特に植生が豊かなエリアである中腹の三合目は10数年前からシカの食害が目立ち始め地元住民主体の団体が樹脂ネットを設置するなど保全してきた。しかしネットの経年劣化したため2022年から企業等の支援を受け金属柵に更新するとともに植物観察会などを通じて伊吹山の魅力と課題を伝えている。また天然記念物指定の山頂草原も樹脂ネットが約3km設置されたが、厳しい気象条件や執拗なシカのアタックのためネット破損が著しく植生回復が遅れた。このため2024年から可倒式の金属柵などを地元NPOも協力して西エリアに約1.5km設置し、2025年は柵内では近年になく固有種を含む多種多様な在来種が開花しその効果を確認できた。一方で柵内ではシカが増加する前と同様にアカソ、フジテンニンソウが大群落を形成し、外来種のヒメジョオンも広範囲で急増した。今後、金属柵の継続した維持管理と未対応の東エリアへの設置、外来種駆除を含む多様な植生保全対策が求められる。

◆植生衰退による土壌侵食について (東京農工大学名誉教授  石川 芳治)

土と水は植生(植物)の生育に不可欠な基盤である。一方で植生は土壌を被覆し豊にすることで土と水を保持して自らの生存の基盤を確保している。ここでは、神奈川県丹沢堂平地区および栃木県日光地区における現地観測結果を基に山地における植生衰退が土と水に与える影響を説明する。シカの食害により植生の衰退が起こると雨水の地中への浸透率(浸透能)が低下し、そのため地表流は増加する。そのことにより土壌侵食が発生して植生はその基盤を失いさらに衰退する。このことが更なる地表流の増加を促し、さらに土壌侵食の激化を招く、いわゆる負のスパイラルに陥ることになる。地表流の増加と土壌侵食の激化は山地を荒廃させて土石流や洪水を発生させることより人間社会にも被害を与える。シカと植生と土と水は相互に関連しており、植生が失われることはその地域のシカ、土、水が失われることにも繋がる。

◆伊吹山保全対策滋賀県・米原市合同プロジェクトチームの取組について (滋賀県自然環境保全課)

  令和5年8月に登山道が崩落したことにより、県と米原市は合同プロジェクトチームを設置し、伊吹山保全対策の検討を進めてきた。令和6年7月の土砂災害を受け、令和7年3月には抜本的な対策の内容とスケジュールをまとめた「伊吹山保全対策に係るロードマップ」を策定し、令和7年度から各保全対策に着手している。保全対策は①南側斜面の復旧対策、②勝山谷川での土砂災害対策、③伊吹山全域のニホンジカ捕獲対策を三本の柱として実施している。裸地の拡大が著しい南側斜面では、山腹工等の実施により斜面の安定化を図る。特に国定公園特別保護地区にあたる範囲では、植生資材を用いて土壌基盤を造成し、地域性種苗や自生種の自然侵入による植生回復に取り組む。地元住民の生活圏へと続く勝山谷川では堰堤を新たに設置し、土砂流出による被害を防止する。ニホンジカについては米原市が岐阜県側の自治体とも連携協力して捕獲の強化を推進しており、県も様々な財源の活用や生息状況調査の実施等を通じ支援している。

◆山頂部の植生変化に伴う陸産貝類の減少  (滋賀県立琵琶湖博物館  金尾滋史)
  伊吹山山頂付近はお花畑(天然記念物)に代表される植物群落が有名であるが、基盤が主に石灰岩で構成されることから固有性の高い陸産貝類群集も形成されている。演者は2002年に山頂周回コースにおいて陸産貝類のラインセンサス調査を実施しており、当時は固有種ヤコビマイマイや山頂部に多いヒルゲンドルフマイマイが多数確認された。そこで近年の状況を把握するため、2024年8月および10月に同様の手法で再調査を行ったところ、観察された陸産貝類の個体数および確認地点数はいずれも著しく減少していた。これらの変化はニホンジカの採食による植物の多様性劣化と地表面の乾燥化が関与している可能性が高く、山頂部において陸産貝類の生息環境が悪化していることが示唆された。現在、西廻りコース周辺および山頂部では、植生の保護・復元を目的とした防護柵の設置など保全活動が進められているが、これらの取り組みは陸産貝類群集の保全にも有効である可能性が高い。今後は、対策の継続および効果検証を含めた管理の強化が望まれる。

◆山頂植生へのシカの影響を如何に止めるか  (元京都大学  高柳 敦)

高標高地ではシカの影響を止めるのに難問を抱えている。低標高地より積雪量が多く、風衝地では強い風に曝される。また、厳しい生育環境下で生長量が小さい脆弱な植生は、採食の影響で急速に衰退する。伊吹山の山頂植生は、これら全ての悪条件を極めて強い形で抱えており、この植生をシカから守ることは、実現可能性が疑われるほどの難題である。シカは山頂植生に強く執着し、普通ならシカに壊されない柵でも壊してしまう。積雪では、世界の最大積雪深が記録された場所である。雪対策で冬期にネットを外す方式にすれば風で揺すられてネットが切れたり外れたりしてしまう。このような困難の中、2014年より様々な構造の柵を工夫しながら設置して、何とか西側では植生が回復傾向を示しはじめている。ここまで来るには、伊吹山の自然を守る地域の人々、米原市および関係者の不断の努力と熱意が不可欠であった。限られた時間の中で、防護柵によるシカの影響を排除する取り組みについて、その経過、課題と今後にいて、その概略を説明する。

以上

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